production note
粘った末に出会った素晴らしいロケ地の数々
「慣れ親しんだ神戸で撮影したい」という三島監督のたっての希望で、『繕い裁つ人』は神戸を中心に関西でオールロケとなった。監督もプロデューサーも助監督も関西出身ということで、2013年末より、正月休みを利用してロケハン開始。しかし、市江の南洋裁店を筆頭に、この映画の世界観を表現する建物や場所を見つけることは決して容易ではなかった。それでも監督のなかに妥協の二文字はなく、ギリギリまで粘る。特にメイン舞台となる南洋裁店のロケ場所が決定したのは一番最後、撮影開始のまさに直前だった。
南洋裁店のロケ場所として選ばれたのは、神戸から少し離れた兵庫県川西市にある歴史的建造物の旧平賀邸。明治時代にそこに住んでいた平賀氏は海外から染め物の技術を取り入れ、日本の繊維技術に功績を残した人でもあるそう。偶然とはいえ『繕い裁つ人』には縁を感じさせる建物だった。また、南洋裁店の前にある設定の美しい坂道も監督のこだわりのひとつ。監督がリクエストしたのは、抜けに海が見えて背景に山が見える坂道。しかも、監督が理想とする傾斜も必要なうえに沿道は住宅街がいいというおまけ付き。本当に見つかるのか──。監督の要望と合致する坂を見つけ出してくる制作部もまた職人だった。
雑貨店は神戸市東灘区にあるNAÏFS(ナイーフ)・カフェは神戸市中央区にある珈琲店サンパウロ、実在するお店を借りて撮影している。ほか、結婚式のシーンは旧グッゲンハイム邸、夜会の会場は神戸どうぶつ王国(旧神戸花鳥園)、図書館は監督の母校である神戸女学院の図書館で撮影。いずれも映画の世界観にぴったりな申し分のないロケセットではあったが、その背景には苦労もあった。たとえば、旧グッゲンハイム邸はすぐ目の前が線路で、数分おきに通る電車の音との戦い。花鳥園はその名のとおり鳥が多く生息している場所でもあり、こちらは鳥の鳴き声との戦い。録音部の苦労は想像を絶するものだったが、妥協せずにいいものを撮りたいという監督と、スタッフの情熱と粘りが、不可能を可能にした。
世界でただ一着、南市江が作るその人だけの服
三浦貴大の演じる藤井が市江の作る洋服に惚れ込みブランド化を説得するように、この映画のもう一人の主役は“洋服”。ファストファッションで溢れる現代において、オーダーメイドの洋服がどれだけ温かであるか、どれだけ素晴らしいか。職人の生き方を描くと同時に一着の洋服を大切に着るという奥深さを伝えるのもこの映画に流れるテーマ。その重役を担うのは数多くの舞台や映画の衣装デザイナーとして活躍する伊藤佐智子氏。
彼女もまた監督がいつか一緒に仕事をしてみたいと思っていた職人のひとりである。「衣装の相談をしたときに中谷さんの口から伊藤佐智子さんの名前が出てきて、ああ、中谷さんはこの映画の世界観を深く理解してくださっているんだって、嬉しかったんです」と監督は語っている。ちなみに、中谷と伊藤の出会いはNHKドラマ「白州次郎」だった。
今回、映画に登場する半分以上の衣装をデザインしている伊藤がこだわったのは、やはり市江の仕事服。深く鮮やかなブルーの色がとても印象的で、市江の一部のようでもあるが、あの色は伊藤が市江を演じる中谷のためにわざわざ布を染めて作っている。丈の長さにも市江のキャラクターを反映。市江は先代の祖母が遺した洋裁店にとらわれて生きている女性。そのとらわれ感と、「お客様が主役」という市江のスタイルを出したいという監督の願いに応じる形で、あえてあのブルーの衣装はくるぶしが隠れるか隠れないかほどの長さになっている。
また、藤井がどんなに説得してもブランド化を承諾する気のない市江の頑固さ、入り込む余地のなさも衣装に表れている。市江の衣装のキーワードとなった“トラディショナル&レトロ”は、衣裳部だけでなく美術部とも共有するキーワードとなり、布やボタン、裁縫道具、デザインブックやお客様のファイルなど、すべてに活かされている。